一般財団法人 国際協力推進協会
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第1回「ハイチ便り」:ハイチ共和国とは


  ~ 「アンティル諸島の真珠」から西半球の最貧国へ ~

寄稿:元在ハイチ日本国大使 八田 善明
第1回「ハイチ便り」
(カリブ海)

 今回から、カリブ海の小さな島国であるハイチ共和国(以降ハイチ)について連続コラムで御紹介してまいります。ハイチは、必ずしも日本において馴染みのある国ではないかも知れませんが、実はどこかで耳にしたことがありそうです。2010年のハイチ大震災や2016年のハリケーン・マシューといった地域を越えて報道された大規模災害とそれに伴う国際的支援のあり方、実に様々な分野で国際的に活躍しているハイチ出身の人々、ヴードゥー教、ハイシアン・アート、コーヒー、カリブ海クルーズからオレンジリキュールのグランマニエの原料まで、何かお心当たりはないでしょうか?

 また、近隣では、ドミニカ共和国とは隣国としてイスパニョーラ島を分かち、海を隔てたところにはキューバやジャマイカがあります。

第1回「ハイチ便り」
(ジャクメルの海)


◆「アンティル諸島の真珠」

 ハイチは、かつては「アンティル諸島の真珠」とまで称された時もあったものの、最近の報道の見出し等では、「西半球の最貧国」、「いまだ大地震の痕」そしてトランプ大統領発言まで、かなりネガティブで可哀想なイメージが前面に出ることが多いように感じられます。


◆厳しい歴史

 やはり、ハイチを理解するためには厳しい試練の折り重なる歴史的な過程を知らずにしては通れません。足早にみてみますと、15世紀にコロンブスら大航海時代のスペイン人がカリブ海のアンティル諸島の島(イスパニョーラ島)を発見・入植し、先住のタイノ等の住民は使役の果てに絶滅したというところから始まります。後に島の西側をスペインから条約で得たフランスの統治下では、少数のフランス人支配階級の下、絶滅した住民に代わり、労働力としてアフリカから奴隷貿易で連れてこられた大量の奴隷達による大規模なプランテーション(コーヒーや砂糖等)が展開されました。

 一時は、砂糖だけでも欧州の砂糖総輸入量の40%を占め、コーヒーに至っては当時の世界の総生産量の50%を産出する程の生産拠点として栄えたと言われています。こうしてハイチの原型が形作られましたが、実は、最初に「アンティル諸島の真珠」と呼んだのは、それらの入植者であり、必ずしも後のハイチが自称したものではありません。また、今日のハイチ人の姓の多くが名前(ファーストネーム)に由来していること(当時、奴隷にはファーストネームしかなく、奴隷解放後に姓を持つことになった際にそれまでの名前を維持するためにそうなったとされている。例えば、ジョゼフ、ジャン、ピエール、ルイという姓がかなり多い。)等からも、歴史の意味と重さを感じさせられます。


◆最初の黒人共和国

 かくして苦難の末に、1804年、アフリカ系の奴隷と混血のムラートらによる壮絶な独立戦争により「世界最初の黒人共和国」として独立国となりました。その時に力を合わせて自由を勝ち取ったことから、「団結は力なり(仏語:l'Union fait la force)」がハイチの国是となり国旗(国章)にも記されています。

 このように、独立と自由を勝ち取った栄光の歴史を人類史上に残したものの、その後も道のりは平坦ではありませんでした。旧宗主国のフランスによる賠償金要求、国内政治の不安定、世界情勢を睨んだ米国による占領時代、デュバリエ父子政権圧政による頭脳と技術者の流出、再度の政治的不安定を経験して今日に至っています。厳しいことに、これら政治的不安定に加えて、数年に一度の割合で大小のハリケーンや洪水等の自然災害に見舞われることも社会経済的混乱の基となっています。


第1回「ハイチ便り」
(ポルトープランス全景)


◆西半球の最貧国

 それでは、今日のハイチが実際にどのような国であるのか。先ず、「西半球の最貧国」という点については、データの上でも、一般的な社会経済的要素からみても嘘ではありません。事実、厳しい経済社会状況が目の前に広がっています。一人あたりの国内総生産は780米国ドル(世銀2016)とこれだけでも決して高くはありませんが、いわゆる国内貧困ラインでみれば、実に国民の59%(600万人:2012)、1日1.23ドル以下の極度の貧困ライン以下は24%(250万人)とその厳しさが浮き彫りになります。食料自給率(農業)についても45%前後であり、食料はもちろんのこと、建設資材、衣料品、携帯電話、家電、日用雑貨に至るまで、生活や経済を支える多くのものは輸入に頼らざるを得ない構造となっています。

 また、近年の政治的不安定により、通貨グルドが対米ドルで大きく下落し、輸入依存体質とも相まってここ数年毎年前年比10%超の高インフレが続き、ただでさえ困窮している者にさらに鞭打つ状況が続いています。悪いことに、これだけ貧富の差があり、かつ貧困の度合いも悪いと、都市部を中心に様々な理由からスラム街が形成されます。現在においても、首都圏だけでも大きなスラム街が幾つもあり、無法地帯となって複数のギャングの巣窟となり、スラム内外における治安の悪さの原因となっています。この治安の悪さ、人命の安さがスラムからにじみ出て来るため、富裕地区とて白昼でも安心できません。当然、経済社会的にもいい影響を与えていないことは容易に想像できるかと思います。


◆大きな社会格差

 筆者を含めてハイチ(首都圏)に訪れた人が、見て、肌で感じることは、おそらく社会的格差の大きい2スピードのアンバランスな社会経済状況です。先ず、200万人を超える人口を抱える首都圏において、上下水道設備がなく、電力の供給が不定期で一日2~3時間のこともあり、事実上ほとんど機能していないゴミ収集・処理能力を圧倒的に凌駕するゴミが散乱する市街地、それらのゴミに集まる放し飼いのブタ、ヤギ(カブリ)、ニワトリ達(時々ウシも)の群れ、道路を闊歩し人々と共存する野良犬。道路は舗装されているところとそうでないところの差が大きく、街中でもほとんどが四輪駆動車(日本車が圧倒的に人気)か同ピックアップ車である等、色々な衝撃を与えるものです。

 その一方で、富裕層は、その邸宅、高級車、足繁く出入りする娯楽施設やレストラン、高級洋品店、輸入品の並ぶスーパー等、当然のことながらすべてにおいて欧米での価格水準を上回る中で先進国並みの生活を維持していますが、このようなことはだんだん目が慣れるにつれてようやく見えて来ることでしょう。なぜなら、これらの多くは高い塀とショットガンを持ったガードマンに守られた中にあるからです。


◆ハイチ大地震

 こうして現在も厳しい経済社会状況にあるハイチですが、2010年1月のハイチ大地震(マグニチュード7.0)の爪痕の方はというと、多少の政府機能や建物等に回復しきれていない面は残るものの、市民の生活、学校生活、経済活動に関しては、新しい商店やレストランの出店、起業や新しいビルの建設等も進んでおり、基本的には復興期は脱し、中長期の開発フェーズに戻っていると見受けられます。その後、2016年10月には追い打ちをかけるようにハリケーン・マシューの猛威が南部を直撃し、穀倉地帯が大打撃を受けましたが、これも少しずつ持ち直してきています。


第1回「ハイチ便り」
(地震の痕)


◆新大統領の誕生

 そうした過程を経つつ、2017年2月には長い選挙期間を経て、モイーズ新大統領が誕生し、急ピッチで国内開発を推進し始めました。また、懸案の治安状況についても一定の改善が見られるとして、2017年10月、13年間展開したいわゆるPKOの国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)が去り、縮小した後継ミッションに移行している等、状況が改善していると見られる分野もあり、方向性としてはポジティブな変化の兆しはあります。

 このように、苦難と試練には枚挙をまたないハイチですが、これを耐え抜く忍耐力とエネルギーを持った人々が元気に生きている社会でもあります。単に楽園的なカリブ海の島国でもなく、また単に貧しい国でもない側面も含めて、次回は社会生活面を少々御紹介しつつ、それ以降は様々なテーマを掘り下げてみたいと思います。


(※2018年時点での執筆記事)
(※写真は全て筆者が撮影)
(※本コラムの内容は、筆者の個人的見解であり、所属する機関の公式見解ではありません。)



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