一般財団法人 国際協力推進協会
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【大使だより】サモアでの任期を終えて(前半)


寄稿:前 在サモア独立国日本国大使 寺澤 元一
【大使だより】サモアでの任期を終えて(前半)
(筆者)

 昨年12月にサモア独立国(以下サモアという)から2年間の在任を終えて帰国し、退官した。退官御挨拶のため(一財)国際協力推進協会(APIC)を訪ね重家理事長はじめ皆様にお会いした際、本誌「大使だより」への寄稿のお誘いを頂戴した。私は、元々外務省では韓国・朝鮮半島が専門であるが、大洋州地域での在勤は、10年前のミクロネシア連邦があり(当時佐藤昭治大使(現APIC常務理事)の下で私は参事官であった)、今回のサモアが二度目、しかも外務省最後の任地となったので、同地域との御縁を感じる。サモアから帰国した者としての報告であるが、私見、事実誤認も含む。よって諸氏の御批判、御叱咤を仰ぐことを前提として寄稿申し上げる。もちろん、本稿の文責は偏に私個人にある。


【麻疹流行事態】

 サモアは、南太平洋ポリネシア地域に位置する国土面積が東京都の1.3倍、人口20万人の島嶼国である。2年の在勤中、私の任務は多岐にわたったが、新型コロナウイルス事態への対応を含む保健分野への支援が中心を占めた。したがって、ここでは、保健分野での仕事を中心にした切り口で私の在勤中の体験を交えつつ報告したい。

 先ず、2019年11月、着任早々の私を待ち受けていたのは、その秋に発生した麻疹の流行であった。サモアの未来を担うはずの子供を中心に80名を超える犠牲者が出た。サモア政府は、流行の広がりを受けて非常事態宣言を発出し、同国に駐在する開発パートナーとの支援調整会議を立ち上げた。会議には、私を含む豪州、NZ、英国、米国(代理大使)、中国の公館長、WHOの代表等が出席した。私は、信任状奉呈の前だったが、形式論にこだわっていられない。人道に関わる問題であり会議に加わった。席上、世界保健機関(WHO)現地事務所側から、流行の背景として麻疹ワクチンの低い接種率(住民の間にはワクチン忌避傾向もあった)が指摘された。サモア政府は、医師、看護師、ワクチン、医療機材の不足を挙げて、開発パートナーに対し支援を要請した。豪州、NZは、従来からサモアの緊急事態に備えて支援を行う合意を結んでいたこともあり、医療支援チーム派遣と必要な医療物資の供与で迅速に対応した。サモアは、NZの元植民地で、1962年に太平洋島嶼国の中では最も早く独立したが(西サモアのウポル、サバイイの二島が独立。東のアメリカ領サモアとは分離)、コモンウェルスに加盟していたことから、同加盟諸国やNGOも次々と支援に参加していった。WHO現地事務所が各国・NGO等からの医療支援の総合調整を行い、支援リストを作成した。リスト上には、医療支援チーム派遣国の国旗が日々数を増やしていった。私は、人道上の観点から、また、サモアが前年2018年第8回太平洋島サミット(PALM8)の共同議長国であり、サミット成果文書の趣旨を踏まえ、我が国が応分の支援で応えるのは当然だと判断した。急速に増えていく患者(主に子供)に対し、医療陣の不足は深刻だった。サモア政府は、追加的な医療チームの支援を開発パートナーに呼び掛けた。私は、サモア政府の支援要請を直ちに本国に伝え、医療支援チームの早期派遣を強く求めた。我が国政府の対応は早かった。自然災害等に対する国際緊急援助の枠組みが直ちに適用され、我が国から感染症対策のための緊急援助隊として、医師、看護師、薬剤師等からなる医療チームが2陣に分けて派遣された(「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」に基づき、外務大臣の命令により国際協力機構(JICA:Japan International Cooperation Agency)が援助隊の派遣業務を実施)。これによりWHOの国際医療支援チームのリストに日の丸が加わった。我が国をはじめとする海外からの医療支援の迅速かつ的確な対応の甲斐あって、12月下旬には事態が収束し、サモア政府は緊急事態宣言を解除するに至った。我が国のチームは、引き揚げる直前まで、配属された地域病院で支援に当った。サモア政府は、首相名で声明を出し、我が国を含む医療支援チーム派遣国の名を挙げて深甚な謝意を表明した。派遣業務に就いたJICAの諸氏も含め、医療支援チームの皆様にこの場を借りて改めて感謝申し上げたい。

 話はそれるが、私が支援業務の傍ら注目していたのは、中国の動向であった。当時、中国は、事態発生前からサモアに5~6名の医師を支援として常時派遣していたが、いずれも呼吸系の専門ではなかった。私は、中国が麻疹対策のため医療チームをいつ派遣するか注目していたが、中国からの支援は、10万ドル程度の医療物資の供与にとどまり、結局、専門医の医療チームは派遣されなかった。よって、国際医療支援チームのリストに中国の国旗はない。今思えば、当時は中国で謎の肺炎が発生したとの報道が出つつあった。後に全世界を席巻することになる新型コロナウイルス感染症が中国湖北省武漢市で確認された時期だ。この時、中国政府は、自国内の事態対処を優先するため、呼吸器感染症の専門医を国内にとどめようと禁足令を出していたのではないかとの推測がある。


【大使だより】サモアでの任期を終えて(前半)
(麻疹事態のため派遣された日本の医療支援チーム第1陣との写真)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(前半)
(新型コロナウイルス事態に対するサモアの緊急事態宣言)

【新型コロナウイルス事態】

 サモアで麻疹流行が収束したのも束の間、翌2020年1月30日、WHOは、新型コロナウイルス感染症について、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言し、3月には世界的な感染拡大「パンデミック」を表明した(以下コロナ禍という)。これを受けたサモアの対応は早かった。緊急事態宣言を発出し、一連の防疫措置をとった。直前の麻疹流行の経験は、感染症事態における教訓をサモアの政府と社会、さらに開発パートナーに遺していた。この教訓がなかったならば、サモアにおいてコロナ禍による大量の犠牲者が出ていたかもしれない。当時、世界は未だワクチンを獲得していなかった。医療態勢が脆弱な小島嶼国としてのサモアで市中感染が発生すれば、収拾困難な事態に至る。外からのウイルス侵入を防ぐ厳格な国境措置の他、打つ手はなかった。サモア政府は、迅速かつ果敢に水際対策を執る一方、手洗い、マスク着用、三密回避を指導するコミュニティ啓発活動を展開した。

 当時、サモアの一部メディアには、前年の麻疹流行に対する政府の初動措置を批判する論調もあった。翌2021年4月には、総選挙を迎えるため、当時の政権としては、コロナ禍対策の失敗が選挙における命取りになるという危機意識もあったという穿った見方もあった。いずれにせよ、サモア政府は、ベストを尽くしたと考える。その成果として、私の離任する昨2021年12月までは、近隣国からの帰国者に対するPCR検査の結果、わずかながら陽性反応が確認されたが、全ての帰国者は厳格な隔離検疫に置かれるため、市中感染には至らなかった(本稿執筆中の2022年1月21日に豪州からサモアへの入国者から15人の感染が検疫隔離中に確認されたとの報道があった。市中感染は未だ確認されるには至っていないが、サモア政府は念のためソーシャル・ロックダウンを宣言したという。)

 サモアと同様に近隣の豪州、NZも厳格な国境措置を執った。他方、この措置は、島嶼国にとり重要な収入源である観光誘致と自国民の海外就労を困難にした。国連の在サモア常駐官事務所は、2020年8月にコロナ禍がサモア経済社会にもたらしたインパクトを調査し報告した。サモア全国の約11%の世帯で家族の少なくとも一人がコロナ禍の下で失業し、ほとんどの世帯で中程度または僅かながら収入減を経験し、生計を支えるために、家庭菜園や畜産で補い、近隣の豪州やNZに在住する親族や友人からの送金に頼ることになったという。この調査期間は、2020年前半のものであったから、その後の多くのホテル、レストランの倒産等と重ね合わせれば、コロナ禍の経済的影響はさらに深刻になっているだろう。当時、私の課題は、島嶼国サモアの脆弱な保健態勢の強化と共に、この事態がもたらした経済社会的影響の克服も含め、開発パートナーの一員として日本として何をなすべきかであった。

 コロナ禍における世界の開発途上国に対する支援では、我が国の対応は果敢で迅速であったと考える。事態収束の決め手は、安全、有効、品質が保証されたワクチンの公平な普及である。2020年4月に国際社会では、ワクチンが迅速かつ手頃な価格で途上国を含め公平に供給されるよう、COVAXと呼ばれる国際的な供給メカニズムが構築された。我が国も先進国と並んで、このメカニズムの「途上国向け枠組み(AMC)」に当初2億ドルを拠出し、その後2021年6月には、更に8億ドルを追加拠出し、合計10億ドルの貢献を行うことを表明した(国際社会全体では2022年1月現在計96億ドルが拠出された)。今日、我が国を含む世界が適正なワクチンを獲得できるようになったのはこのメカニズムのおかげである。

 サモアをはじめとする太平洋島嶼国もCOVAXを通じてワクチンが供給されたが、十分な量には達しなかった。我が国は、COVAXからのワクチン支援に加えて、2021年7月の第9回太平洋・島サミット(PALM9)において、新型コロナワクチン計300万回分を2021年内に島嶼国に対し供与する意図を表明した。このうち、サモアに対しては、日本国内で製造されたワクチン約11万回分が割り当てられた。同ワクチンは、同年8月にサモアに到着し、ワクチン接種事業が加速化し、昨2021年内に当初の接種目標が達成された。これに加え、我が国は、ワクチン接種に必要なコールドチェーンの機材(超低温冷凍庫やワクチン運搬車両等)、患者を収容するための陰圧式コンテナ病室等の供与も実施している。

 現地においては、豪州やNZもコロナ対策のためにサモアを支援していたが、私は、ワクチンや医療機材の支援では、日本がタイミングや規模で先陣を切っていたと思う。もちろん、人道支援は、競争などではなく開発パートナーが互いに持てる力を発揮し協力し合うものである。ただし、「顔の見える支援」という切り口では、「スピード」の持つ意義は大きい。ワクチン引き渡し式でのサモア首相の謝意、メディアの報道でも我が国の扱いは大きかった。

 因みに、2021年前半、内外のメディアは、中国が自国製ワクチンを世界に普及させることでその影響力を高めようとする、いわゆる「ワクチン外交」を展開していると報じていた。サモアに対しても、中国は自国製のワクチンの受け入れを働きかけていた。他方、当時WHOは中国製ワクチンの安全性や有効性を未だ認定するに至っていなかったため、サモアは中国製ワクチンを受け入れなかった。中国は、現地で大使館員と中国支援プロジェクトのための中国人労働者用に千数百回分の中国製ワクチンをサモアに輸入することが認められただけである。

【大使だより】サモアでの任期を終えて(前半)
(新型コロナウイルス・ワクチンのサモアへの供与式(2021年8月23日)
 中央座席にフィアメ新首相(女性))

【大使だより】サモアでの任期を終えて(前半)
(我が国から供与された救急搬送車両)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(前半)
(観光産業に依存するサモアにとりコロナ禍は打撃)


後半へ続く)

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