一般財団法人 国際協力推進協会
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【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)


寄稿:前 在サモア独立国日本国大使 寺澤 元一

前半の続き)


【太平洋島嶼国の重要性】 

 コロナ禍の下、国際社会では、先進国と途上国が様々な困難に直面し、内向き志向の世論が浮上している。太平洋の小さな島嶼国に対する支援と言っても、関心を示さず、なぜ支援が必要なのかと疑問を呈する向きもあろう。他方、我が国にとっても国際社会にとっても、太平洋島嶼国は実に重要である。

 太平洋島嶼国は,広い太平洋に散らばり、ミクロネシア,メラネシア,ポリネシア(サモアはこれに属す)の3地域に分けられ、それぞれ多様性を有している。地図を広げても、パプアニューギニアを別とすれば、いずれも点々として描かれることが多い。他方、島嶼国に属す領海、排他的経済水域は太平洋の大半を占め、我が国や国際社会がその海洋航路、漁業の多くを依存している。同地域の海洋秩序を維持強化することが重要なことは論を俟たない。しかも、太平洋島嶼国は、いずれも大変親日的で、国際社会においては、我が国がもっと発言力を強め、活躍できるよう、国連等の場で積極的に我が国の立場を支持してくれている。例えば、我が国は、国連安全保障理事会の常任理事国入りに向け名乗りを上げており、重要な国際機関の幹部ポストをめぐる選挙でも我が国候補を擁立している。サモアはじめ多くの島嶼国は、我が国の立場や候補を一貫して支持してくれている。

 また、近年、気候変動、海洋問題を始めとする地球的規模の課題が深刻化し、国際的な協力が求められている課題についても、国際場裡における太平洋島嶼国の役割が急速に拡大してきている。例えば、フィジーによる2019年5月のアジア開発銀行(ADB)総会の開催や 2017年のCOP23の議長国としての役割、2018年のパプアニューギニアによるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の開催等、太平洋島嶼国地域が担う国際的役割が拡大してきている。

 特に、島嶼国の脆弱な保健態勢を強化するための支援は、島嶼国側だけが恩恵を受けるのではなく、支援する側にとっても等しく恩恵を被ることにつながる。なぜならば、今回のコロナ禍で確認されたように、感染症は、高度に発達した現代の交通網による大量の人員輸送を通じて瞬く間に全世界に伝搬するからである。世界に感染症対策の空白地帯(保健分野の途上地域)を作ることは、そこが感染症の震源地となり世界に拡大する結果を招く。途上地域に対する保健分野の支援は、まさに我が国はじめ支援する側、ひいては国際社会の保健上の安全保障につながる。私は、今後の課題として、島嶼国の脆弱な医療態勢を抜本的に強化するために、絶対的に不足している保健人材の育成が最も重要であると考える。島嶼国側の医学・看護の教育機関を抜本的に強化し、医師と看護士を増やすと共に、保健指導員によるコミュニティに対する衛生啓発が急がれる。


【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(大洋州地域(外務省Websiteから))

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(島嶼国の医療課題:不足する保健人材)

【太平洋島嶼国が抱える諸課題とPALM】

 我が国にとって重要な協力パートナーである太平洋島嶼国は,「国土が狭く,分散している」,「国際市場から遠い」,「自然災害や気候変動等の環境変化に脆弱」などの困難を抱えており、経済社会の開発に大きな制約となる。我が国は、太平洋島嶼国とのパートナーシップを強化するため、これら諸国の様々な課題について共に解決策を探り,同地域の安定と繁栄を目指して、首脳レベルで議論する場として、「太平洋・島サミット」(Pacific Islands Leaders Meeting: PALM)を設けた。PALMは、1997年に初めて開催し、以後3年毎に日本で開催。現在、我が国を含めPIFメンバー(14島嶼国と豪州,ニュージーランドの16か国、ニューカレドニア・仏領ポリネシアの2地域)の計19か国・地域の首脳等が参加している。

 先にも触れたが、昨2021年7月に第9回太平洋・島サミット(PALM9)が開催された(本来は三重県志摩市での開催が予定されたが、コロナ禍のためテレビ会議形式による開催となった)。会議を通じ、PALM首脳は、相互の信頼及び尊重並びに自由、民主主義、人権及び環境の尊重といった共通の価値によって裏打ちされた重要なパートナーシップを一層強化することを改めて表明した。特に、コロナ禍を含む新たな課題に対処するため、PALMのパートナーシップが一層重要になっていることが認識された。具体的には、今後3年間の重点分野として、(1)新型コロナへの対応と回復、(2)法の支配に基づく持続可能な海洋、(3)気候変動・防災、(4)持続可能で強靱な経済発展の基盤強化、(5)人的交流・人材育成の5つの重点分野を中心に協力を強化することが確認された。この中で、我が国は、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想に基づき、オールジャパンでの取組を通じ日本とPIF島嶼国との間の協力を更に強化する「太平洋のキズナ政策」を発表し、PIF島嶼国はこれを歓迎した。会議の成果として「首脳宣言」、「太平洋のキズナの強化と相互繁栄のための共同行動計画」等が採択された。


【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(第9回太平洋・島サミット(PALM9)のロゴマーク(外務省Websiteから))

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(サモア首都アピアの上空写真。市街地を出ると村落地域が広がる。)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(防災はPALMの重要議題。豪雨のたびに頻発する洪水。)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(防災はPALMの重要議題。地震によるがけ崩れ。)

【サモアに対する無償資金協力事業に見る我が国の支援の強み】

 PALM9で確認された重点5分野は、いずれも我が国がこれまでの支援事業において強みとしてきた分野である。ここでは、近年の代表例を取り上げ、我が国の支援の強みの一端を紹介しておきたい。

(1)「ヴァイシガノ橋架け替え計画」(平成29年度 供与限度額18.06億円 令和2年竣工)
 サモアでは洪水災害が頻発するところ、首都アピアの玄関港と市街地を結ぶヴァイシガノ橋が老朽化し危険となり、かつ、橋脚の多い旧構造により豪雨時に流木が橋下で堰き止められ洪水が発生していた。状況を改善するため、我が国は、幹線道路網整備と防災対策を兼ねて橋脚の少ないアーチ型構造の新橋に架け替える事業を支援することとした。この事業は、PALM7(2015年福島県いわき市開催)で確認された重点支援分野である「防災」,「気候変動」及び「持続可能な開発」に資する協力として位置付けられた。

 同事業がサモア側から高い評価を受けた点として特記されるのは、建設された橋の質の高さだけではなく、建設事業を通じた技術の移転等の現地社会への裨益である。すなわち、日本の建設企業は、施工業者となりながらも、現場指揮を中心として行い、現地の建設業者を下請けに入れることにより、高い建設技術が現地企業に移転すると共に、現地労働者の雇用にも寄与した。サモア側は、この日本の支援方式を中国との比較で高く評価していた。中国もいくつかの建設事業を支援してきたが、いずれも中国施工業者と中国人労働者だけで終始一貫させ、地元企業や労働者を動員することはない。そのため、地元企業への技術移転や雇用促進にはつながらなかった。問題は、事業完成後には、中国の業者や労働者が全て引き上げてしまうため、建築物にメンテナンスの所要が生じても、建物の細部が不明で支援を受けた側が自力で処置することが困難になることであった。

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(ヴァイシガノ新橋の建設支援。防災とインフラ整備だけでなく現地企業育成と雇用にも寄与。)

(2)「太平洋気候変動センター(PCCC)建設計画」(平成28年度 供与限度額9.62億円)
 サモアには、島嶼各国の焦眉の課題である気候変動問題に対応するため、国際機関・太平洋地域環境計画事務局(SPREP)の拠点が置かれている。我が国は、SPREPの気候変動業務の強化と共に、各島嶼国の人材育成を支援するため、同センターの庁舎や人材育成プログラムの整備を実施した。庁舎は2019年に竣工し、現在、JICAから人材育成プログラム整備事業に当たる専門家を派遣している。この事業も、PALM7で確認された重点支援分野「防災」「気候変動」「環境」に資する協力として実施された。

 同事業で特記されるのは、日本が支援しているのが建物だけではなく、人材育成も含むことである。国の開発は、資金と人材の両輪で進むという。資金と共に、開発の担い手である人材の育成が不可欠であり、この点で我が国はPCCCの人材育成プログラムの整備というきめ細やかな支援をしていることが高く評価されている。

 さらに注目されるのは、NZとの援助協調である。本件PCCC人材育成プログラムの専門家以外の人件費は、NZが支援している。各国の支援予算は、それぞれ分野によって得手不得手がある。事業は様々なコストを要するが、一つの開発パートナーがその予算の制約上全てのコストを賄うことは困難である。我が国の資金協力は、事務局経費や人件費を支援するのが不得手であるが、NZは財政支援のスキームがあり対応出来た。しかも、NZは、自由や民主主義という基本価値を共有するいわば同志国である。我が国内には、中国が大規模な資金力を投下している途上国支援に張り合って、日本ももっと支援を増やせという声がある。また、途上国側も我が国からのきめ細かい支援を選好する向きもある。他方、現在、我が国には全ての途上国支援を背負いきれるほどの財力はない。私は、将来的に中国が途上国の主権や国際社会のルールを尊重するのであれば、中国との援助協調もあると個人的に考えるが、現在、状況は厳しい。そこで、我が国が価値観を共有する同志国と援助協調を行えば、規模の大きい事業でも、資金や作業を分担して支援することが可能となる。

 PCCC以外にも、私の在任中に援助協調を実施した事例がある。我々は、公共のリサイクル事業を実施する現地の団体が進めるプラスチックやガラスの廃棄物リサイクル事業を支援した。同事業の支援規模は、さほど大きいものではないが、我々は、施設の上屋を建設した。施設内で実施される各種のリサイクルシステムは、我が国JICAの他、米国、英国、UNDPの間で支援を分担して、全体として優秀な環境保全事業を完成させた。これは同志国による援助協調の格好のシンボルとなった。

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(太平洋気候変動センター(PCCC)。研修プログラムを支援する専門家と。)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(プラスチックやガラス廃棄物のリサイクル施設の開所式。日米英及びUNDPの援助協調の好事例)

(3)草の根・人間の安全保障無償資金協力(以下「草の根無償」という)による教育、福祉分野の支援
 「草の根無償」とは、人間の安全保障の理念を踏まえ、途上国における経済社会開発を目的とし、地域住民に直接裨益する、比較的小規模な事業を支援する資金供与のスキームである。草の根無償の対象団体は、途上国の地方公共団体、教育機関、医療機関、NGO等の非営利団体である。サモアでも我々は、このスキームを用いて現地社会に様々な事業を支援した。

 小中高等学校の校舎整備は、劣悪な教育環境を改善することで将来の国づくりに参加する人材を育てることになる。教育施設に対する支援は、「顔の見える支援」の観点からも意義がある。我が国が支援した多くの学校の前には、日の丸とサモアの国旗が描かれた看板が立てられ、サモアの若者は小さい頃から毎日の登下校でそれを見て育つことになる。

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(学校校舎の改善支援。引渡式で児童と記念写真)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(サモアの至る所に両国国旗の看板。多くの校舎建設を支援。)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(コミュニティの女性たちのボランティア活動。村の道沿いの清掃と整備)

 また、教育施設のみならず、福祉施設にも支援を送った。サモアには、村や家庭内で暴力や性的虐待に遭った女性や児童たちを保護するシェルターを運営する「Samoa Victims Support Group」(SVSG)というNGOがある。政府が広い敷地を支援するだけではなく、多くの市民が寄付やボランティア活動で支えている。2020年に国連子どもの権利委員会(CRC)の特別会合がサモアで開催された時に、同団体の活動が模範例として取り上げられた。EUや豪州も支援し、国際的にも知名度が高い。私は、在任中に2棟の追加シェルターの建設を支援した。反響は大きく、女性の地位向上、子供の権利擁護の観点から、内外の評価を得た。サモアの友人は、「中国の支援は、為政者が喜ぶ目立つ建物の建設支援に集中し、草の根の団体や人権の絡む支援には手を出さない」と述べていた。



【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(家庭内暴力や児童虐待の被害者のシェルター2棟を建設支援)

(4)JICA専門家、ボランティア派遣事業
 我が国の質が高くきめ細やかな支援として、JICAの技術移転のための専門家やボランティアの派遣事業を紹介しないわけにはいかない。サモア社会でもこれら技術移転事業は高い評価を受けている。先に言及したPCCC人材育成プログラムのための専門家以外にも、JICAと太平洋地域環境計画事務局(SPREP)が共同実施してきた大洋州地域廃棄物管理改善支援プロジェクト(J-PRISM)のため派遣された専門家は、サモアはじめ島嶼国における廃棄物管理の多くの人材を輩出してきた。これら人材は、今や他の島嶼国や途上国の人材を育成できるまでになっており、南南協力の段階に入りつつあると言われる。

 また、JICAボランティアは、サモアにもこれまで大勢配置され、コミュニティレベルの人材育成につながっている。例えば、先に述べた学校施設の改善については、施設だけで質の高い教育が保証されるわけではない。質の高い教育は質の高い教員や教材によってもたらされる。JICAは、教育現場にボランティアを配置し教育技術の移転に努めてきた。私も経験したことだが、途上国側の人々の中には、目立つ施設の整備に注目し、人材育成には関心を向けないことがある。質の高い教育や教材を移転するためにも、ボランティアの配置は重要である。コロナ禍でいったんサモアから帰国したボランティアが再び現地に向かおうとしているが、国境規制により未だ再派遣に至っていない。我が国の人による支援、ボランティアの派遣の早期復活が期待される。

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(サモアでもJ-PRISMで導入された福岡方式が効果を発揮)

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(JICAシニアボランティアが養護施設で自立のための訓練を手ほどき)

(5)APICの研修事業
 終わりに我が国民間団体によるサモアでの国際支援の事例として、国際協力推進協会(APIC)の事業を紹介したい。APICは、事業の一環として研修招聘を実施してきたところ、招聘する人材の国柄にマッチするよう、事業をきめ細やかに企画運営してきた。2020年にサモア政府の若手人材の招聘を計画した際、我が国での視察先として、国内島嶼地域の振興事業の紹介を取り入れた。資金力や技術力で制約のある島嶼国の人材に対し、大規模の資本を投下した先端技術の事業を紹介しても現実的ではない。むしろ、サモアの国土や人口規模、産業上の制約を考慮して、小規模ながらも地元の魅力や強みを活かした振興事業で成果を上げている島根県海士町の活動を紹介しようとした。私も、在任中に同事業の実施に期待をかけたが、残念ながら、コロナ禍で実施は見送られた。JICAボランティア事業と同様、コロナ禍が早く終息し、本件事業が再び企画実施されることを願ってやまない。

【大使だより】サモアでの任期を終えて(後半)
(島根県海士町 (海士町オフィシャルサイトから提供))

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