一般財団法人 国際協力推進協会
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第3回「ハイチ便り」:ハイチの文化的特色(その1)


  ~ ハイチ絵画(いわゆるハイシアン・アート)について ~

寄稿:元在ハイチ日本国大使 八田 善明
第3回「ハイチ便り」
(ヴードゥー絵画)

 ハイチには絵があります。ハイチにはハイチの人が描いた絵があり、また、独自のスタイル・分野として確立しています。幾つもの派があり、さらに新しい作者・スタイルも生まれ育ち、総称して英語でもハイシアン(ヘイシャン)・アートと呼ばれています。

 ハイチでは、生活をしていくのも大変な経済社会状況が前面にでて、一般的に言えばそうした厳しい環境下では、民芸品や土産レベルのアート・彫刻・絵画はともかく、極一部の恵まれた例外でもなければ職業的に絵を描くことも、そうした一定の水準の絵を生み出すこともなかなか簡単ではなさそうです。

 ところが、大変興味深いことに、そして驚くべきことに、ハイチには絵が溢れています。都市部では、街中の道路脇の壁一面を埋め尽くすように絵がかけられて販売されており、また、ハイチ絵画等を専門に扱う本格的なギャラリーが幾つもあり、その中には何百ものコレクションを擁するようなギャラリーも存在しています(ペチョン・ビル市の代表的なギャラリーのナデール(Nader)さんに今回御協力いただきました)。

 スタイルとレベルの確立した著名な画家としては、ハイチ画壇初期の頃から今までの通算で、すなわち技術も独自性もある画家は、これまで300人近くいるといいます。

 そのルーツがどこにあるのか、長い欧米等との影響の下で絵を描くこと自体は自然に定着したものと見られます。芸術学校らしきものについても、独立以降の比較的早い時期からあったとみられ、時代と共に独自に発展した画家が散発的に存在していました。


第3回「ハイチ便り」
(街角でも売られるハイチのアート)


◆芸術センターの流れ

 そのような環境下、(エクトール・イッポリト等の画家に)一定の完成度と発展性があると見初めたのは、1943年にハイチに渡った米国の水彩画家デウイット・ピーターズ(DeWitt Peter)だと言われています。彼はその後、1944年にポルトープランスに「芸術センター(Centre d'Art)」を立ち上げ、これを、出自に関係なく公に開かれた芸術センターとするとして、ハイチ中の芸術家・画家が集い、意見を交わし、絵を描く環境を整えました。同センターは、一つの芸術の流れを作り、認知度を上げ(特にアメリカやカナダ方面)、いわゆるナイーヴやプリミティブといった一派として発展していくのに貢献したと言われています。一方で、同センターがアメリカよりの発展をしたことや、一定のスタイルや方針を嫌って、比較的早くの1950年には芸術センターから離反し、造形芸術会館(le Foyer des Arts Plastiques)を構成するような大きな動きも起きました。また、それ以降も、より自由に自分のスタイルと技術を深めて才能を伸ばす画家も多く生まれ、近代的に発展し(l'école de la Beauté派のベルナール・セジュルネ、エミルカー・シミリエン等)、より多岐にわたる表現へと発展していきました。

 芸術センター中心のナイーヴ、プリミティブ派を見てみると、既にスタイルとして確立したものがあります。素朴な人々の生活や自然等に題材を見いだし、独自の線、色彩や組み合わせを用いた絵画や、イマジネーションによるモチーフの組み合わせや楽園の想像図の様な絵画まで多くの表現が生み出され、技術的にこそどちらかというと素朴で、奥行きも限られたタッチですが、それはそれでハイチらしい、として根強いファンがあると思われます。


第3回「ハイチ便り」
(ヴードゥー絵画モダン)


◆ヴードゥー教派生のモチーフ

 これらと異なるハイチならではの題材の一角を担うのはヴードゥー教にモチーフを求めたものです。死のロア(精霊)たるバロン・サムディ(土曜男爵)や、サイレン(半身半漁)、骸骨、悪魔払い、生と死と性、その他の精霊等をモチーフとした、(我々からみたら)タブーのない多くの絵が、これもイマジネーション豊かに展開しています。ただし、かわいい模様みたいなもの(ヴェヴェ(vévé)という宗教的な象徴デザイン)をさらにデザイン化したものから、かなりおどろおどろしい直接的な表現やグロテスクなものも多くあるので、本格的に鑑賞するのにはそれなりの興味が必要です。

第3回「ハイチ便り」
(絵画ギャラリー)


◆世界的に認められたハイチ絵画とハイチ芸術

 そうした発展を見せる土壌で、フランスのアンドレ・マルロー(作家、文化大臣)がハイチを訪れた時、サン・ソレイユ派(Saint Soleil)の絵画を見て大きく感銘を受けたと言われています。  また、著名な画家の絵をラベルにすることで有名なフランス・ボルドーワインのシャトー・ムートン・ロートシルトの1986年のラベルに、ハイチ画家であるベルナール・セジュルネ(Bernard Séjourné)が採用されていることからもハイシアン・アートのレベルの高さ、絵画市場による評価がうかがい知れます。

第3回「ハイチ便り」
(ワインラベルになったハイチのアート)


   ハイシアン・アートは、日本でも幾度となく展示会が催されてきています。日本では、自然の風景や、木々と鳥の組み合わせの延長にあるジャングル画等が人気だそうです。

 ここまで、絵画に焦点を当てて概観をして参りましたが、ハイチの芸術には、実に絵画だけでなく、木彫り、石細工等の彫刻や独特なドラム缶アート、ヴードゥー・フラッグなど多岐にわたる広がりがあります。いずれも、題材、色彩、イマジネーションもユニークなものが多く、欧米の人を魅了し続ける一つのジャンルとして、そしてアーティストとして、国際的にもさらに評価が高まっています。


(※2018年時点での執筆記事)
(※写真は全て筆者が撮影)
(※本コラムの内容は、筆者の個人的見解であり、所属する機関の公式見解ではありません。)



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