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【記事のご紹介】「日本外交の要諦」は、価値観が多様化する現代の課題解決に通底する


元外交官・日本ラグビーフットボール協会 理事 齋木 尚子 氏
日本銀行政策委員会審議委員 政井 貴子 氏
(日本銀行広報誌「にちぎん」No.64 2020年冬号より転載)※転載許可済み
【記事のご紹介】「日本外交の要諦」は、価値観が多様化する現代の課題解決に通底する

日本の国益を守るために。スポーツ文化を定着させるために。女性活躍を後押しするために――。それぞれの目標達成に向かう道筋は一本ではないが、決して外れてはいけない基本線は共通している。37 年にわたり日本外交の第一線で活躍した後、現在はラグビーの国内普及に尽力する齋木尚子氏と、政井貴子審議委員が語り合う。


国益が衝突する国際交渉の場で考えてきたこと

政井 齋木さんは昭和五十七年(一九八二)に外務省に入省され、長らく外交の第一線でご活躍されてきました。当時としては女性外交官というのは珍しかったのではないかと思いますが、外交官を目指された理由をお聞かせください。

齋木 外交を学問として研究することにも関心があり、大学に助手として残ることが内定していたのですが、外交の最前線に身を置くことにも強い興味を有しておりました。外交官試験に合格し、結局、実務者の道を歩むことになりました。
 志望の理由は三点です。まず第一点は、男女差別のないところで働きたかったということです。男女雇用機会均等法が施行されたのは一九八六年です。私の就職はそれよりも前の時点になりますが、女性が差別されない職場というと、国家公務員か法曹のような専門職か、に限定されていました。第二点は、子どもの頃から国際社会における日本の役割や存在感といったことに大きな関心を持っておりまして、まさにそうした日本と世界の接点で仕事をする外交官という職種にひかれたということです。第三点は、公のために尽くしたいということでした。非力ながら、明日の日本が今日の日本よりもより平和でより繁栄するように、明日の国際社会が今日の国際社会よりもより安定してより良いものになるように、力を尽くしたいと考えておりました。

政井 外交官としてのキャリアの中で、心に残っている事があればお聞かせください。

齋木 数限りない思い出がありますが、あえて最も昔の思い出の一つということで申し上げますと、初めて海外勤務をした経験です。GATT(関税及び貿易に関する一般協定)の下での多角的貿易自由化交渉(ウルグアイ・ラウンド)の交渉官として、スイスのジュネーブの日本政府代表部で働いていました。ジュネーブ代表部は、ミニ「霞が関」と言っていいぐらい、外務省はじめ、日本の各省庁から優秀な方がいらして活躍をしていました。東京からも大変多くの出張者が来られ、活気に満ちあふれていました。私自身も早朝から深夜まで、週末もなく走り回っていましたが、その忙しさをはるかに上回るやりがいがありました。日本の国益にかなった新しい国際経済秩序をつくる。そういう情熱を関係者と共有し、力を合わせ、知恵を出しあったのは、私にとって得難い、その後の外交官人生の基礎となる大事な時期でした。

政井 そうしたいわば「戦友」ともいえる方々とはその後も交流はあるのですか。

齋木 その時の上司や同僚(他省庁の方々を含め)とは今でも親しくお付き合いさせていただいています。また交渉の相手方だった当時の外国政府の方々とも再度一緒に仕事をする機会も多くありました。私は二〇一四年から経済局長、一五年からは国際法局長として、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉に当たりましたが、関係国の担当大臣や首席交渉官の中には、ジュネーブ時代の交渉相手もおり、人の縁を感じたものです。

政井 二〇一三年から国際文化交流審議官を務められ、東京オリンピック・パラリンピック招致の外務省責任者として、五輪招致を成功裏に導かれたと伺っています。外交の舞台では、常にこうした成功体験を得られるわけではないと思いますが、実際にうまくいかなかった事例はありますか。また、そうした際、リカバリーするために留意されたことや工夫されたことなどありますか。

齋木 先ほど申し上げたTPPは、日米が率先して、アジア太平洋地域で高い水準の野心的で包括的なバランスの取れた協定を目指したもので、交渉参加一二カ国が合意するに至りました。しかしトランプ政権誕生後、米国は離脱することを決めました。これを受けて、日本がリーダーシップを発揮し、米国を除く一一カ国からなる「TPP11」を発効させましたが、この例はおっしゃったリカバリーにあたりますね。
 およそ外交は、相手のあるものですから、自分の望む通りに進むわけではありません。外交交渉において上下関係はありません。対等な主権国家を構成単位として成り立っている国際社会において、日本と関係各国は交渉を重ねて、一つひとつ物事の解決を図っていくのです。当然、日本には日本の国益があり、相手国には相手国の国益がある。お互いの利害が一致することもありますが、多くの場合一致しませんので、苦労の連続です。また、「日本が百点で勝って、相手はゼロ点で負け」などということはあり得ません。日本と相手国がそれぞれ、おおむね納得できるような妥協点を、日本の国益を損なわない形で見いだせるか。そこが外交のポイントです。
 日本の平和と日本の国民の幸せを維持・強化することが国益ですが、これを可能にする良好な国際環境を国際協調を通じてつくることも国益です。さらに、日本が自らの価値――民主主義や自由、基本的人権の擁護、法の支配など――を国際社会に広げていくことも大切な国益です。

政井 私は以前、欧州の銀行で一〇年ほど働きましたが、ちょうどその頃、単一通貨のユーロが導入されました。ユーロをきっかけに、EU(欧州連合)で一国一票制も導入されたと記憶しています。かつてのEUは意思決定に加重投票制を導入し、経済規模の大きい三カ国(独・仏・伊)の意向がいわばEUの意向となっていました。それをなぜあえて変えたのか。加速度的に問題が深刻化しそうなときは、主要な国でパッと合意して対応したほうがいいのではないか、と考えたこともありました。しかし、現代外交は、主権国家単位で、お互いを尊重しながら交渉していくものだとのお話を伺い、一見非効率に見えるやり方でも、お互いが納得しないと持続性を担保できないのだと、ふに落ちました。

齋木 少数の国で物事を決するのは速やかに結論を得やすいので「効率的」ではありますが、その決定に「正当性」があると言えるのかどうか。逆に、一国一票で物事を決定すれば「正当性」はそれなりに担保されますが、必要な対応を適切なタイミングで行う「実効性」は確保できるのか。この「正当性」と「実効性」という二つのバランスをどう取るべきか、唯一無二の解答はありません。国連安保理改革をはじめとして、さまざまな努力が続けられています。

ラグビー文化の定着と日本代表の優勝を目指す

政井 私自身、この四年余り、金融政策を決定する仕事に携わってきましたが、金融政策を含め、マクロ政策について全国民の賛同を得るのは非常に困難なことです。この立場になって一番感じていることは、賛成はしてもらえないまでも、「そういう考え方もある」と理解してもらえるよう丹念に説明を積み重ねることが、お互いの納得を得て前に進むうえで重要な要素だということです。これは、先ほど齋木さんから伺った現代外交の要諦にも通底する考え方だと強く感じました。
 ところで齋木さんは、外務省を退官後、日本ラグビーフットボール協会(以下、ラグビー協会)の理事を務めておられます。昨年(二〇一九年)、日本で開催されたワールドカップも台風の影響で大会史上初めて数試合中止せざるを得なくなるなど、一筋縄ではいかなかったと関係者の方から伺いました。ただ、ラグビー協会や組織委員会の皆さんが、海外の人々に日本を理解してもらい、また地方創生の一つの起爆剤にしようと周到に絵を描き、その目標に向け一丸となって取り組まれ、それが体現され、人々の記憶に残る大会となりました。

齋木 おかげさまで、昨年のラグビーワールドカップ(RWC)は大成功でした。ボーモント・ワールドラグビー会長は「RWC2019は最も偉大な大会のひとつとして、記憶に残るだろう。日本は開催国として最高だった」と総括しました。
 昨年の大会は、アジアで初めて、またラグビー伝統国以外の国で初めて開催された歴史的な大会でした。欧米などからは、距離も離れていますし、時差もある、そもそもラグビー人口の面で他の強豪国と比べて見劣りする日本でしたが、先ほどの台風への対応を含め、大小さまざまな課題に対し、関係者がしっかり議論し、力を合わせて、一つひとつ乗り越えたことが成功の要因であると思います。ワンチームですね。なお、チケット販売率や経済効果などの多くの面で過去最高を記録した大会となりました。

政井 これだけの大会の成功を収めた日本ラグビー界の次なる目標についてお聞かせください。

齋木 『もう一度ワールドカップを日本に招致して、日本代表が優勝する』ことです。これはラグビー協会の中長期計画に書き込んであります。
 昨年のワールドカップの大成功は、何と言っても日本代表チームの躍進が後押しをしてくれました。その意味でも、引き続き日本代表の強化と育成はしっかり取り組みたいと思っています。現在、日本にある社会人チームのリーグ(「トップリーグ」)を発展的に解消し、二〇二二年一月に新しい国内リーグを誕生させるべく関係者と話を進めているところです。サッカーのJリーグやバスケットボールのBリーグと同じように、ラグビーもスポーツビジネスとして、集客し事業運営を成功させる。「日本代表の強化・育成」と「国内リーグの発展」を車の両輪にして、ラグビー界全体を盛り上げていくことが肝要です。女子ラグビーにも一層力を入れていくなど、性別や年齢を問わず、ラグビーの魅力を共有する層をより広げ、厚くしていきたいですね。

価値観が多様化し、先が見えない時代だからこそ大切にしたい外交の基本

政井 外交の話に戻りますが、『大使閣下の料理人』(注)という本の中で、料理が外交に影響を与えるようなことも描かれていたのが印象に残っていますが、外交の第一線でご活躍されてきた実感として、そうした文化的なものが力を発揮することはありましたか。

齋木 外交とは、言葉を換えれば世界においていかに味方を増やすか、ということでもあります。米国の国際政治学者のジョセフ・ナイ氏が、スマートパワーについて論じているのはご承知の通りです。軍事力や経済力といったハードパワーとともに、文化、政治的価値及び外交政策からなるソフトパワーを総合的に組み合わせる戦略が重要であるというものですが、日本のソフトパワーたる文化・スポーツの魅力を大いに活用して、その魅力により世界各国の人々が日本を好きになるように、日本を正しく理解するように、そして日本を支持するように、働きかけていくことがとても大切です。文化やスポーツが与えてくれる感動は人々の魂に直接かかわるものであって、その力は極めて大きなものです。まさにお料理などを活用して積極的に外交を押し進めるということです。おいしいものを食べるとみんな幸せになりますものね。

政井 日本の和食文化は何百年もかけて育まれたものですが、それと同様に、二〇年、三〇年のうちにラグビー文化が日本に定着して、将来の世代の人々がそれをさらに進化させてくれるといいですね。将来ソフトパワーに活用できるものを育てていくことも、私たちの世代の責任ではないかと思います。
 最後に、女性外交官の先頭を走ってこられた齋木さんに女性活躍についてお伺いしたいのですが、国会議員の女性比率を見ると日本はOECD(経済協力開発機構)加盟国で最下位です。こうした状況を変えていくには問題意識を持つことが重要だという議論がありますが、齋木さんご自身はどう感じていらっしゃいますか。

齋木 意識は大事だと思います。同時に制度も非常に大事です。例えば、北欧などは議員や企業経営幹部の女性比率を法律で定めていますが、日本ではそうした法的義務はありません。意識だけではなく、どこまで制度に反映させるか。女性が社会のあらゆるところで活躍できる素地をいかに作るか。今それが問われています。
 私は、外交では、議論を尽くし、決断する、そして、丁寧に説明することが、国民からの理解と支持を得るために極めて重要と常に考えています。それは、金融政策も緻密な議論と丹念な説明の積み重ねが必要だという政井さんのお話や、女性活躍をどう推進するか、という今しがたのお話にも相通じるのではないでしょうか。価値観が多様化し、世界の分断が叫ばれる中で、そうした姿勢はますます大事になってくると思います。

政井 本日は貴重なお話をありがとうございました。

(注)『大使閣下の料理人』はハノイのベトナム日本大使館公邸の料理人を務めた西村満氏が体験をもとに著したエッセイ。また、同氏が原作者となって漫画誌に連載された作品。文庫版全一三巻。公邸料理人がその「味」を武器に日本人の外交官をサポートしていく。漫画は累計一九〇万部を超え、二〇〇二年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞も受賞した。


元外交官・日本ラグビーフットボール協会 理事
齋木 尚子 氏

SAIKI Naoko

東京都生まれ。1982年東京大学法学部卒業後、外務省入省。総合外交政策局国際平和協力室長、北米局北米第二課長、条約局法規課長、経済局政策課長、大臣官房会計課長、外務副報道官等を務めた後、2013年6月国際文化交流審議官就任。14年7月から経済局長、15年10月から国際法局長、17年7月から外務省研修所長。19年1月退官。現在は公益財団法人日本ラグビーフットボール協会理事、東京大学公共政策大学院客員教授、双日株式会社取締役、日本政策投資銀行監査役、スポーツ庁スポーツ審議会委員などを務める。


日本銀行政策委員会 審議委員
政井 貴子 氏

MASAI Takako

1965年愛媛県生まれ。88年実践女子大学文学部卒業。同年11月ノヴァ・スコシア銀行、89年トロント・ドミニオン銀行、98年クレディ・アグリコル・インドスエズ銀行、2004年カリヨン銀行にて勤務。07年法政大学大学院経営学研究科修士課程修了後、(株)新生銀行に入行。キャピタルマーケッツ部部長、11年市場営業部部長、同年10月市場営業本部部長を経て、13年4月同行執行役員就任。16年6月より日本銀行政策委員会審議委員。


対談/守・破・創
齋木 尚子 元外交官・日本ラグビーフットボール協会 理事
政井 貴子 日本銀行政策委員会審議委員
「日本外交の要諦」は、価値観が多様化する現代の課題解決に通底する

「にちぎん」No.64 2020年冬号 対談/守・破・創 [PDF]


(※本記事は、日本銀行の著作物をもとに当協会ウェブサイト掲載用に編集しました。)

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