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一人一人の善意がより良い明日をつくる

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のジュネーブ本部で、世界中の人たちに難民問題を知ってもらい、解決に向けた活動への協力を呼び掛ける根本かおるさん。その根本さんに、難民問題に関心を持つようになったきっかけや、現在の仕事などについて聞きました。

「国際貢献」って、思うより身近にあるもの

根本かおるさん 写真
©Takenao Anzawa

根本かおる Nemoto Kaoru
UNHCR ジュネーブ本部 民間資金調達部 副部長

PLOFILE

兵庫県生まれ。1986年東京大学法学部卒業後、テレビ局に入社。94年に米国コロンビア大学大学院に留学。96年から国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に勤務。その後、トルコ、ブルンジ、コソボ、ジュネーブ本部などでの勤務を経て、ネパール・ダマク駐在事務所長に就任。07年からは、特定非営利活動法人国連UNHCR協会の事務局長として、募金や民間からの協力を呼び掛ける広報活動に従事。09年10月より現職。

難民問題への関心が芽生えた留学

 私が国際協力に目を向けるきっかけとなったのは、8年間の社会人生活を経て臨んだ、大学院への留学でした。そこで私は国際人権法と国際人道問題を学んだのですが、これは子どものころに受けた影響が大きかったのでしょう。

 1970年代に約4年間、父親の仕事の関係でドイツに住んでいました。そこで私は、肌の色の違うアジア人としてからかわれたりすることが多く、子どもながらに外国人の権利の必要性を感じたのです。

 思い出してみると、テレビ局に勤務していたころは国内の政治や貿易摩擦などを担当していましたが、機会をうかがっては、担当ではない日系ブラジル人や男女雇用機会均等法の問題などについても、ニュースリポートを企画し放送していました。とは言っても、留学を決めたときには国際機関への転職を考えていたわけではなく、むしろ報道記者として人権・人道分野での専門性を高めたいという気持ちがありました。

 その大学院では、難民問題に関係するさまざまな講義を受けていたこともあり、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の現場を経験したいと考えるようになりました。そして運よくUNHCRのネパール事務所にインターンとして受け入れてもらい、10万人ものブータン難民が避難生活を送る難民キャンプで、3カ月間ほど働くことになりました。ここで出会ったブータン難民のウシャさんという女性が、卒業後の進路を決定付けたのです。

 UNHCRのスタッフとして、難民の女性や子どものケアなどに取り組んでいたウシャさんは、本国のブータンでは夫婦そろって中央政府の役人でした。しかし、二人とも出自はブータンの主流派とは異なるネパール系であったため、ブータン政府が民族主義的政策をとった際に迫害の標的となり、ネパールに逃れてきたのです。地位も財産も一瞬にして失いながらも、毅然として前を向き生きる彼女の姿に胸を打たれました。そして私は、もしチャンスがあれば難民支援に関わる仕事がしたいという思いを強く持つようになりました。

 思い込んだら突き進む性格な私は、その後JPO(ジュニアプロフェッショナルオフィサー)の試験を受けました。これは、日本の外務省が行っている将来国際機関で働きたいと考えている若者に、2年間、国際機関で経験を積む機会を提供するという制度です。私の場合、大学院で難民法を勉強していたのが幸いしたのか、試験に合格し、保護官としてUNHCRのトルコ事務所で働くことになりました。さらにこの経験が、UNHCR正規職員への道を開いてくれたのです。

善意を募る活動の大切さを実感
「ミナの笑顔」 写真
ケニアのダダーブ難民キャンプの登録所にて子どもたちから話を聞く。 ©国連UNHCR協会

 国連機関の多くは分担金制度を採っていて、予算が決まれば、加盟国は分担率に応じて支払いの義務が生じます。一方、UNHCRの場合は、そのほとんどが各国政府からの任意の拠出金と民間からの寄付によって賄われています。しかし、民間からの寄付が活動資金に占める割合はまだまだ低く、3%程度にとどまっているのが現状です。

 「みんなにUNHCRの活動を応援してもらいたい」。以前、東京にある国連UNHCR協会の事務局長をしていた時には、日本でより多くの個人や団体、企業に難民問題に関心を持ってもらい、協力の輪を拡げていくことを仕事としていました。そして現在、UNHCRジュネーブ本部では、日本のみならず世界中の人々に支援の必要性を訴え、協力を取り付ける仕事をしています。

 UNHCRに対する支援国からの拠出金や民間からの寄付を人間にたとえてみると、まさに生命を維持するための「血液」なのです。この「血液」が行き渡らないと、一体どのようなことになってしまうのでしょう。

 私はかつて、ネパールでブータン難民への支援活動に従事した際に、資金難から難民の家族に配るわずかながらの物資を削らざるを得なかったという、苦い経験をしました。配布する野菜の量が減り、石鹸が配給物資から消えました。子どもたちが通う難民キャンプの小学校は、屋根の修復資材を提供できなかったために雨漏りがひどく、雨期には休校を余儀なくされました。学校の雨漏りでシワシワになった教科書やノートを見たとき、迫害で国を追われた人々が、避難先でも生きるために必要なわずかな物資や教育の機会を十分に手にすることができないことが本当にはがゆく、そして申し訳ない気持ちになりました。

 こうした経験があって私は、現場の仕事から、資金面などで協力を募る業務に転じたのです。

私たちにもできる国際協力・国際貢献

 実際にアフリカやコソボの現場で勤務した際に感じたことですが、日本は中立な国として非常に信頼され、戦後復興して経済大国になった国として憧れを持たれています。これは、現場で働く日本人職員にとって大変ありがたいことで、地元の人たちとの交流にも役立っています。

 日本人の仕事の「手堅さ」は、国際協力や国際貢献の仕事の中でプラスになる要素でしょう。また、日本で2010年度から難民の第三国定住の受け入れが試験的に始まりますが、こうした難民の受け入れも非常に大きな国際貢献になると思います。そして国際協力や国際貢献とは、何も国や団体だけが行うものでもないのです。日本にいながらにしてできる「国際協力」というものも、たくさんあるのではないかと感じています。

 日本に暮らす外国の人に日本語や生活習慣などを教えること、仕事を見つけるボランティアに参加すること、交流会などで相互理解を深めること、寄付や募金を通じて支援することなど、本当にいろいろな可能性があるでしょう。

 「国際貢献」の内容や現実が、一般の人にはまだまだわかりにくいかもしれませんが、こうした身近な例から距離感が縮まっていけば、世界も日本も、もっと良い方向へ変わっていくのではないでしょうか。

 

2010.02.25

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